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バイバイ☆

Posted by とる☆ねこ on 24.2009 私の話 16 comments 0 trackback
とる☆ねこです。

五月十九日、母が亡くなりました。
享年八十五歳。

昨年末から肺炎をこじらせて意識すらほとんど無く、
月曜日の朝、もう熱も出ない状況だと知らされました。

夜になって駆けつけると、酸素マスクをして、
苦しそうな母がいました。

私が呼びかけると、はっと目を開き、
確かに私だと、確認してくれました。

何とか母の言葉を聞きたいと思い、話しかけてみました。

母も、何かを話したいと思っているようなのですが、
酸素マスクの中で、それは言葉になりませんでした。

マスクが鬱陶しいのか、はずしてくれと意思表示しました。
何度か衝動に駆られましたが、亭主に怒られ、思いとどまりました。

いつも帰る時にするように、バイバイと手を振ると、
ちゃんとしっかり振り返してくれました。

手を握ると、温かい手で握り返してくれて、
私の手を握ったまま、再び眠りに落ちました。

眠っている間は、マスクも気にならないようなので、
起こさないようにそっと手をはずしました。

眠っている母に、「もう、頑張らなくて良いよ。」
そう、声を掛けて帰りました。


次の日、遅い夕食の最中に電話が鳴り、
母が亡くなったと聞きました。

急いでタクシーで駆けつけ、
まだ暖かい母に触りました。

その夜遅く、自宅に帰った私は、
ビールの栓を抜き、母と乾杯しました。

楽になったね、ご苦労様!!
美味しいでしょ、ビール!!


母が口から物を取れなくなって、3年。

母に胃ろうの処置を施す、と兄達が言った時、
私は一人、大反対しました。

口から物を食べたり飲んだり出来ないのに、
ただ生きて何の意味がある?!

我が儘で、気位が高かった母に、
寝たきりの生活をさせるのは、もっと嫌でした。


早く死なせてやりたい。
この3年間、私はずっと、そう考えていたのです。


病院に、見舞いに行くのも嫌でした。

特に食事時、病院内に食べ物の臭いが立ちこめると、
いたたまれない気持ちになりました。

「ご飯をくれないのよ。」意識のはっきりしていた頃は、
そう言って、病院を恨んでいた事もありました。


それもこれも、もう終わり。


母の魂は、軽やかに駆け上がって、
父や、叔母や、親友達の元に逝ったのです。

「遅かったじゃない!」母の親友の声が聞こえます。

今頃あの世では、宴会三昧、ぐでんぐでんになって、
得意の小唄を歌っているでしょう。

みんな笑顔で、笑い声まで聞こえてきそうです。


見守ってくれなんて、言わないわ。
そっちはそっちで、楽しんでね。


バイバイ、ばーさま!!















お母様、旅立って逝かれたのですね。
どうぞお安らかに。。。
気の利いたことは言えないですが、
謹んでお悔やみ申し上げます。
2009.05.24 23:26 | URL | TAKE #- [edit]
トルネコのお母さんとはM尾の結婚式でお会いしたのが最後ですが、着物姿は「イキ」を絵に描いた様で今も覚えています。
胃ろうの処置を施すことに反対したのは 正しい選択と思います。 私は自分の力ででおいしく食べられなくなったら 死んだ方がいいと 昔から思っていて家族にもそう言ってます。
85歳 もう十分天寿全うでいい年じゃないと言う人も多いだろうけど 年齢は関係ないと思います。
覚悟していても やはり身内がいなくなると言うのは悲しいものです。
きっと 向こうで M尾のお母さん達と楽しくやるだろうけど まずは安らかにお眠りくださること祈ってます。
TST 
2009.05.25 00:57 | URL | tst #- [edit]
一度は訪れる、肉親との別れ。とはいっても、
これ以上の悲しさはありません。謹んでお悔やみ申し上げます。さぞつらい毎日を送られた事でしょう。
ビールで乾杯できたことは、良い思いでとなられることでしょう。彼岸で、とる☆ねこさんの幸せを守ってくれると思います。!極楽浄土の世界に仏として生きるお母さんを供養することで、とる☆ねこさんの心の、仏性を呼び覚ましてくれることを信じます。どうか、気を落とさず、墓前に、合掌し、自己のますますの、長生きをお祈りいたします。(合掌)
2009.05.25 13:42 | URL | 荒野鷹虎 #- [edit]
すごく幸せなお母様だったと思えます。合掌。
2009.05.25 21:49 | URL | ペカリ #- [edit]
長い間大変でしたね・・・
「食べる」っていう当たり前で幸せな事を
諦めざるを得なかった時の
とる☆ねこさんの辛さが痛いです。
終末期の医療のあり方を つい考えてしまいます。
粋なお母様だったんですね。
当分寂しいでしょうけど・・・
きっといつも側で見守って下さってると思います。
今はただ安らかにと・・・合掌。
2009.05.26 00:23 | URL | アマゾネス #- [edit]
謹んでお母さまのご冥福をお祈りします。

私も口から食べられなくなったら、生きている価値がどこまであるのだろうと考えます。確執のある親でも、やっぱり最期にはあなたと同じ態度を執るのだろうなと、考えます。

お母さまもしんどかったでしょうね。でも、やっぱり娘というのは自分の分身なのでしょう。あなたを生んでよかったと、きっと思っておられると思います。

うるうるしてきました。キーボードが見えません。
どうかお疲れが出ませんよう、御自愛下さいませ。

合掌
2009.05.26 07:49 | URL | 阿修羅王 #QmhNi1cU [edit]
お母様の事、ご愁傷様でした。
ご冥福をお祈りいたします・・・。

私も先々月、叔母を亡くしましたが、何でも石原裕次郎と同じ大動脈解離?とかいうやつで、ほんとにポックリ。
前日まではピンピンだったので、冷蔵庫も「酒蔵」も満タンでした。

私、亡くなったヒトを見たのは高校のとき以来だったので、なんだか・・・不思議な感じで。
独り者だったのでささやかな家族葬でしたが、ゆっくりお別れができて、ああいう葬式もいいなとみんな言ってました。

とる☆ねこさんも、そうぞお気を落とされませんよう・・・合掌。
2009.05.26 18:26 | URL | とんがりねずみ #IHLSsbW6 [edit]
お母様はあちらの世界で、楽しそうなのがなによりです。
とる☆ねこさんのお母様ですから、気風の良い、楽しい事の好きな豪快なお母様だったんでしょう?想像ですが・・^^

私の父も3年間寝たきりでした。
先に逝った母に、早く連れて行って上げて・・・と、墓参りの度に願っていました。
でも、身体が冷たくなってしまった時は、自分の身体の一部を失くす様な喪失感を味わいました。

感情は理性を超える事もあるでしょう。
ゆっくりと悲しみを癒される事を願っています。
とる☆ねこさんに、癒される時間がある事を願っています。
2009.05.30 12:49 | URL | マダム半世紀 #- [edit]
返事遅くなって、ごめんなさい。
お悔やみ、ありがとうございました。

TAKEさんも、おかんを大切にね。
煩く言ってくれるって、有り難い事です。
2009.05.31 09:40 | URL | とる☆ねこ #- [edit]
そうか、M尾君の結婚式で、バーさまを見たのか。
とても素人には見えなかったでしょ?
きっとその時も、酔っぱらっていたと思います。(笑)

「胃ろう」は、私も絶対嫌です!
兄たちにも、「自分がされたら、どう思う?」
そう聞き返しましたが、
「自分たちは嫌だけど、母の意見が解らないから。」
そう答えられてしまいました。
「自分がされて嫌な事を、人には絶対にしない。」
それが全ての、基本だと思いませんか?
私は息子に、ちゃんとした書類にして、
「一切の延命処置はしないで欲しい。」と残すつもりです。

母は天国で、楽しい日々を送っていると思います。
時々夢に出てきますが、
いそいそお洒落して、「これから熱海に行くの!」とか…。
安らかと言うより、結構忙しそうですよ。(笑)



2009.05.31 10:07 | URL | とる☆ねこ #- [edit]
悲しみは以外と少なくて、ホッとしているというのが、
正直な気持ちです。

プライドが高くて、我が儘だった母にとって、
寝たきりの生活は、どれ程嫌だったろうと思います。
人間上手くできていて、痴呆がすすんでいたので、
何も感じていなかったのかも知れませんが…。
私にとっては、いたたまれない3年間でした。

それでも時々、突然泣き出しそうになりますね。
更年期なのかも知れませんが…(涙笑)

2009.05.31 10:18 | URL | とる☆ねこ #- [edit]
そうです、幸せな人でした。
波瀾万丈な、人生でしたけれども。

そして、今もまた幸せな時を過ごしていると、
私は信じています。
2009.05.31 10:23 | URL | とる☆ねこ #- [edit]
まだ完全に惚ける前、
「喉が渇いた、お腹が空いた…。」
そう訴える母に、何度飲ませてやろうか、食べさせてやろうか。
それで母が死んだら、全ての責任は私が取る!!
そう思った事も、何度もありました。

今でもそれだけは、後悔していますね。
何故あの時、口に入れてやらなかったんだろうって。
自分の勇気の無さに、腹が立って。

でも、それもこれも、今はもう終わった事。
夢に出てくる母は、本当に楽しそうです。

2009.05.31 10:34 | URL | とる☆ねこ #- [edit]
口から物を採る、と言う事は、
生き物の基本であるように思います。

でも、例えば病気の治療の過程で、
一時期的に「胃ろう」しなければいけない場合、
それは適切な処置であると思います。
その先には、再び口から物を採る事が出来るようになる、
希望的観測が有る場合だと思うのです。

母の場合は、もう二度と口から物を採る事は、
出来ないだろうと言われていましたから。

母は、長男夫婦ともめたあげく、長男の家を出て、
私の家のすぐ側で15年以上暮らしました。
出産に反対したくせに、息子を溺愛して、
毎日ポケモンパンを食べて、シールを息子に…。

これ以上は、止めておきます。
>あなたを生んでよかったと、きっと思っておられると思います。
そうですよ、それくらい思ってくれなくちゃ。
私が浮かばれません!(涙笑)



2009.05.31 10:53 | URL | とる☆ねこ #- [edit]
ピンピンが、ポックリというのは実にこたえます。
私の叔母も、前日まで元気に働いていたのに、
朝心臓発作で、ポックリ亡くなりました。
この時は一年ほど、同じ夢を見続けました。

タイムマシンに乗って、発作直前に戻り、
叔母の口に枕元に置いてあるニトロを放り込む。
すると叔母はいつもと同じように、朝を迎える。

「看病の期間」は、「心構えの期間」だと思います。
それが有るのと無いのとでは、随分気持ちが違います。

うちの息子も、猫や犬の死体は何度も見てきましたが、
人間は始めてでした。
でも、骨が以外と少なくて、驚いていました。

家族葬って、一番良いお別れの形だと思いました。
男の見栄を、どれ程押さえられるか、
そこが、キーポイントだと思います。




2009.05.31 11:12 | URL | とる☆ねこ #- [edit]
母は、関西に初めてボランティアの組織を作りました。
皇后様や、当時の首相の海部さんと話しをしたり、
ボランティアの勉強に、ヨーロッパへも行きました。
行動力もスケールも、でかい母でした。

反面教師で、私はボランティア…すなわち、
「ただ働き」が嫌いです。(笑)ちいせえ人間ですわ。
母とは、器が違うんだと思います。

喪失感は、無いんだな、これが。
冷たいのかも知れないけれど…。
と言うか、肉体の存在に、意味を持たないのかも。

母の魂は、私の中で、永遠に不滅です。
巨人のような、母でしたから。




2009.05.31 13:54 | URL | とる☆ねこ #- [edit]


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