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27年生きた猫☆

Posted by とる☆ねこ on 07.2008 猫の話 12 comments 0 trackback
とる☆ねこです。

今日は長くなります。お時間のあるときに読んで下さい。


彼女との出会いは、私が4歳の時でした。

彼女は、家族で行った料理屋の、調理場の奥で、
母猫のおっぱいに吸い付いて、一生懸命お乳を飲んでいました。

私は一目見た瞬間から彼女のことが大好きになって、
「この猫をお家に連れて帰る!!」そう、宣言していました。

父は犬は大好きだけれど、猫は大嫌い。
初めは家の中に入ることすら許されませんでした。

物置小屋での、二人の蜜月生活が始まりました。

ミルクに浸したパンを与えることから、それは始まりました。
毎日毎日、幼稚園から帰ったら私はすぐに物置小屋に入り、
いつまでも飽きることなく二人は遊んでいました。


すぐに彼女は成長して、外へも自由に外出するようになりました。
もの凄く強く、賢いハンターであることが、すぐに解ってきました。

天井裏で、がさごそ音がすると、彼女の出番です。
天井裏に派遣されて、見事音の正体をくわえて帰ってくるのです。

そうなると、父も彼女の存在を認めざるをえず、
彼女はめでたく家猫となりました。

子供も何度か身籠もりましたが、やはり強い猫だけあって、
繁殖力も凄く、彼女は手術を受けることになりました。

お腹に白い包帯を巻いて、彼女は病院から帰ってきました。


私が小学校に通うようになると、
彼女は私を途中まで送ってくれるようになりました。

帰りももちろん、私の通う道と、帰ってくる時間を良く知っていて、
よその家の塀の上や、ゴミ箱の上にちょこんと座り、出迎えてくれました。
それは私が高校を卒業する頃まで続きました。

彼女はより強く、より賢くなっていきました。

知らない人間が家に入ってくると、
物陰から飛び出して襲い、退散させたことも何度かありました。
「番猫なんて、初めて見たわ。」みんながそう言って驚きました。

我が家の鶏小屋を襲うイタチも、彼女の敵ではありませんでした。
嵐が明けた朝、私の部屋には長い大きなイタチの死体が転がっていました。

彼女は捕まえた獲物を、必ず私に見せに来ました。
そして、思い切り誇らしげに鳴いた後、ガリ、ガリ、ガリと食べ始めるのです。
でも、さすがにイタチは食べなかったようで、そのままの形で私の部屋に置いてありました。

どんな扉も、彼女は右手で軽く開けることが出来ました。
そんなに大きな猫ではありませんでしたが、強い力を持っていたのでしょう。
重いふすまを片手でからりと開ける猫を、私は彼女以外知りません。


私が高校生になった頃…。彼女にも少しずつ老いが見えてきました。

私が交換留学で海外にいる間、彼女は毎晩、一部屋ずつ扉の前で鳴いて、
家族に開けさせて、私がいないかどうか確認して回ったそうです。
夕方には家の門扉の上に座り、遅くまで私の帰りを待っていたそうです。

次に私が修学旅行で家を空けたとき…、
彼女は戦いに敗れて、酷い重症を負ってしまいました。

家族を誰も寄せ付けず、蜜月生活を過ごした物置小屋の中から出てきませんでした。
何とか引きずり出そうとしても、うなり声をあげて、小屋の隅に隠れてしまうのです。

私が帰って、名前を呼ぶと、驚くほど素直に出てきました。
顔は倍以上に腫れ上がり、下あごが折れて、歯が外に出てしまっていました。
大急ぎで抱き上げて、泣きながら病院に走りました。

医者も最初はさじを投げかけましたが、
見る見る元気になり、生命力の強さを見せつけてくれました。

でもそれ以来、彼女は一気に歳を取りました。
近所のボスではいられなくなったようでした。


私が社会人になってから、家を引っ越すことになりました。
もちろん一緒に連れて行くつもりをしていたのですが、
引っ越し作業に驚いたのか、姿を隠してしまいました。

いくら呼んでも、姿を現しません。
もう、一人で生きていけるような年ではありませんでした。

引っ越しが終わった後も、私は毎日仕事の帰りに元の自宅に寄って、彼女を捜し続けました。
写真をコピーして、あちこちに張って回りました。

数ヶ月がたったでしょうか。
いよいよ家が取り壊されることになってしまいました。
とうとう最後の最後だと心に決めて、元の家に探しに行き、
精一杯名前を呼びました。お願い、頼むから、出てきてと。

すると、夕暮れの塀の上に、小さな陰がひょっこり姿を現しました。
涙で姿がかすんで見えましたが、それは間違いなく、彼女でした。

私がそっと抱きしめると、今までの半分くらいに痩せて衰えていました。
私は二度と離すまいと、しっかりと両腕に彼女を抱いて家に帰りました。


数年たって、私の結婚が決まり、家探しを始めましたが、
猫を飼えるところは無く、実家に置いていくしか方法が見つかりませんでした。
でも彼女に会いに毎日実家に寄る日が続いたので、思い切って連れてくることにしました。

その時は既に歳を取っていて、彼女は素直に二度目の引っ越しを受け入れてくれました。
それに、鳴いたり騒いだりすることも、もう無くなっていました。

彼女は日長私たちの帰りを待って過ごす生活になりました。
日中はずっと寝ているようで、
夫婦二人と老猫との静かな暮らしが始まりました。

でも留守中一人で私たちの帰りを待っているのだと思うと、
いても立ってもいられなくなることがありました。

ある秋、、私自身病気をしたこともありましたが、
仕事から帰ってきたら、彼女が一人で冷たくなっている…。
そんなことを恐れて、私は仕事を辞める決心をしました。


そうこうするうちに、3度目の引っ越しになりました。

彼女は時折、歯肉炎で歯が痛み、食べ物を食べられなくなるようになってきました。
私は手を変え品を変え、彼女が食べられそうな物を探しました。

鯛の刺身を包丁で叩いて与えたり、トビウオの白身をほぐしてやったり。
好みまで似てくるのか、彼女も私の大好物の穴子が大好きで、
柔らかく焚いて、すりつぶしてやると、何とか食べてくれました。

スーパーで、彼女の食べられそうなものを探して歩く…。
それが私の日課となりました。
お陰で彼女も再び元気になり、食欲も戻ってきました。

そんな時、友人が海外のラリーに出ることになりました。
夢だった海外ラリーを、一度この目で見てみたい!
今なら彼女も元気だし、これが最後のチャンスかも知れない…。
そう思った私は、亭主に猫のことを頼んで、友人のサポートに行く事にしました。

友人にその事を伝えて、メンバーに加えて貰いました。
ところが、海外に行く手続きを進めていくうちに…
再び彼女は物を食べなくなってきたのです。

急激に弱っていき、とうとう一歩も歩けず、寝たきりになってしまいました。
私は迷惑を覚悟で、出発日の数日前に、友人に電話を入れ、
「ごめん、どうしても行けなくなった。本当にごめん!」そう言って電話を切りました。

その時、私の目の前を、彼女はスタスタと歩きだし、自ら食事を食べたのです。
そう、「仮病」だったのです。
私の断りの電話を、彼女はしっかりと聞いていたのでした。


その後、徐々に老いは彼女の体を蝕んでいって、排泄も自分で出来なくなってきました。
おしっこも、膀胱をそっと押してやり、ウンチも同じく手で取りだしてやるようになりました。

食欲不振も度重なるようになり、
病院で点滴を受ける事が多くなりました。

初めの頃は、一度点滴を打って貰うと、暫くは元気になり、
自分でご飯を食べられるように回復する。その繰り返しでした。

ところがとうとう、食べ物はおろか、水すら飲めなくなり、
毎日点滴で命を長らえる様になりました。
彼女の細い小さな手には、点滴の針が置かれるようになりました。


その頃から、私は何のためにこんな事を繰り返しているのか、
解らなくなってきました。

これは、彼女の意志なんだろうか。
もっと、私と一緒にいたいと思ってくれているだろうか。
それとも、こんな痛い目までして、生きていたくないと思っているだろうか。

ただ単に、私が彼女を失いたくない、私一人のエゴでしか無いのではないか。

そんな時、ある友人が「何馬鹿なことやってんだ!!」
そう言って叱ってくれました。


その後、私は病院に通うのを辞めました。

色々な物でスープを作って、スポイトで口に入れる。
すると、何とか喉を通してくれました。

でも、それも段々嫌がって…。

私の心は何度も揺れに揺れました。
病院に連れて行くべきなのか?
でも、もうこれ以上、彼女に痛い思いはさせたくない!

私は迷いを振り切って、ずっと彼女と一緒に過ごすことに決めました。


水も受け付けなくなってきました。
けれど強かった彼女は、それからも何日も生き続けました。

私が台所に立っていたとき、「にゃあ」と後ろから声がしました。
最後の力を振り絞って、私の顔を見上げていました。

私は彼女をしっかりと抱っこして、体をさすってやりました。
彼女は暫く苦しそうな呼吸を繰り返していましたが、
私の腕の中で、静かに息を引き取りました。


彼女と出会ってから、27年の月日が流れていました。


最後も、二人きりでした。


いままで、本当にありがとう!!
私を支え続けてくれて、本当にありがとう!

27年もの長い間、生きていてくれて、ありがとう!

日が落ちた暗い部屋の中で、
私は何度も何度も彼女の名前を呼び続けながら、
いつまでもいつまでも彼女を抱っこしたまま座っていました。


今も、私は穴子を一切食べません。
彼女の大好物を、私の分まで天国に持たせてやりました。


天国で、思う存分食べてね…と。












泣きました‥

とる☆ねこさんと彼女の絆に。
きっと、天国で美味しいアナゴを食べてますね。
27年間。普通では無い寿命の長さ。
彼女はとっても幸せな命だった。
そう、心から思います。
2008.09.07 21:47 | URL | マダム半世紀 #- [edit]
涙なしでは読めないお話です。
とる☆ねこさんと彼女との間の深い深い絆を感じずにはいられませんでした。

縄張り争いに敗れた瞬間、
その場には居られなくなる社会の厳しさ、
命の大切さ、重さ、
死に直面したとき、本当の幸せとは何か…。
たかが動物とは言いますが、
動物と触れあい、向き合うことで、
人は大切なことを教わる…。
そんな気がしました。
2008.09.08 02:47 | URL | TAKE #- [edit]
いつかくる
お別れの日に
我が家の小さい命も
「とても幸せ」だったいえるでしょうか・・・

最後に一緒に過ごされたこと
すごく大事なことだと思います。

合掌・・・・
2008.09.08 11:00 | URL | えるも #kuX..F9k [edit]
うるうると、涙を溜めながら読みました。霞んでキーボードが見えません・・・

とる☆ねこさんのために、生まれてきたような猫さんですね。強く生きることを、身を以て教えてくれたのかもしれません。お二人とも、一瞬で生涯の友だと感じたのだと思います。

彼女は遠い空の上から、とる☆ねこさんがあとを追ってくるのを、何年でも待っていてくれることでしょう。27年もの長きに渡ってずっと連れ添ってくれたのだから。

2008.09.08 20:50 | URL | 阿修羅王 #QmhNi1cU [edit]
猫ちゃんのお話、涙が出ました。
私も猫を飼っていましたが、今の家に引っ越した日の夜、
塀の上でこちらを見たのが最後になってしまいました。
元の家まで半年近く探しに行きましたが、見つからず、
保健所に尋ねても見つからず、丁度長女がお腹にいたので、
それ以上探すのはあきらめました。
今生きていたら23才になります。
とるねこさんの猫ちゃんは幸せでしたね。
穴子を召し上がらない気持ちはよくわかります。
我が家には猫ちゃん用に買ってあった缶詰が、
まだ取ってあります。
2008.09.08 23:22 | URL | 琳子 #- [edit]
私も泣きながらブログを書いていました。
泣くぐらいなら、書くな!!と言われそうですが、
彼女と生きた年月を、一度文章にしておきたかったのです。

私が幼かった時も、思春期で眠れぬ夜を過ごしたときも、
彼女は私の傍らで、じっと見守ってくれてきました。

>彼女はとっても幸せな命だった。
マダムさん、ありがとう。
少なくとも私は本当に幸せでした。
幸せな、27年間でした。

2008.09.09 08:47 | URL | とる☆ねこ #- [edit]
>人は大切なことを教わる…。
確かにその通りです。

私は彼女の死を通して、自分なりの「生死感」を持ちました。
それはごくシンプルなことだけど…。
自分の口から物を食べられなくなったら、終わりと言う事。

まだ若い命で、回復する見込みがあるものなら、
手を尽くすべきでしょうが、
点滴や胃ろう等で、命を長らえる事に意味を見出せません。

私は彼女から、本当に多くのことを学びました。
愛、喜び、そして悲しみも…。
今も毎晩寝る前に、感謝してから眠りについています。
2008.09.09 09:11 | URL | とる☆ねこ #- [edit]
そうなんです、いつか別れは来る。
生きている物は100%死ぬのですから。

頭では解ってはいても、
私は彼女がいなくなった後の自分が恐ろしくて。
一人になる寂しさに耐えられなくて。
随分彼女には痛い思いをさせてしまったかも知れません。

それ以降の猫たちには、
そんな思いはさせたくないと…。
動物と暮らすことは幸せもいっぱい貰えるけれど、
その分、別れは本当に辛いですね。



2008.09.09 09:20 | URL | とる☆ねこ #- [edit]
泣かせてしまってごめんなさい!!
おまけに阿修羅王さんが泣いて下さっている頃、
私は二日酔いで…。不謹慎です。反省してます。

そうですね、私は彼女から、「強く生きる事」も、
学んでいたのかも知れません。

友人が「虹の橋」というのを教えてくれました。
先だったペット達が、天国の「虹の橋」と言うところで、
楽しくのんびりと飼い主を待っていてくれるのだそうです。

ただし、心配事が一つ。
彼女は自分を「ペット」とか「猫」と思っていなかったので、
プライドの高い彼女が、そこにいてくれるかどうか…。

でも必ず会えると思っているのです!
きっと、亡くなった叔母の、膝の上で気持ちよく寝ながら、
待ってくれているような気がしています。



2008.09.09 09:43 | URL | とる☆ねこ #- [edit]
初めまして。
ようこそおいで下さいました。

つらい経験を思い出させてしまってごめんなさい!
あの、突然にいなくなってしまうと言う喪失感は、
たまらないものがありますね。
死なれるよりもっと辛いかも知れません。

でも、琳子さん、
うちの今いる猫2は、迷い猫でした。
うちの作業所に紛れ込んできて、品物に悪さをしたので、
必死の格闘の上、とっつかまえたのです。
もう充分大人で、何処かの飼い猫だったのでしょう、
おしっこの躾は出来ていました。

でも人見知りで、全くなつかず、どうしたものかと思い、
本当の飼い主を捜したりもしましたが、解らずじまい。
ところが…半年近く掛けて、一生懸命話しかけたら、
少しずつ、少しずつなついてきてくれて…
今では私の全愛情を欲しいままにして、
私の膝の上を独占し、優雅に暮らしています。

時折、もしかしたら未だにこの子のことを思いだして、
悲しんでいる人がいるかも知れないと思うと、
切ない気持ちになることがあります。

琳子さんの猫ちゃんももしかしたら…。
違う名前で幸せな第二の人生を送っているかも…。
2008.09.09 10:13 | URL | とる☆ねこ #- [edit]
うん、わかります。。
今でも思い出しますよね。
私もそうですよ。
キーボード打ちながら泣いてしまいました。

オンリーワンという言葉がありますけど、まさにそれですね。
私も先に逝った彼が今でもオンリーワンです。
この出会いは一生大事にしていきたいと思いました。
2008.09.09 23:23 | URL | ウダム #- [edit]
そうです、まさしくオンリーワン。
もちろん今いる子達もそれぞれ大切なパートナーですが、
彼女は、私の幼少期から、成人になるまでの、
様々な思い出を共にしてきた特別な存在でした。

皆さんを切なくさせておいて、
自分は「酔っぱらっていた」報いでしょうか。
今夜もまだ、お酒が美味しくありません…。

重症だー!!
2008.09.10 20:37 | URL | とる☆ねこ #- [edit]


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