とる☆ねこ日記

大阪府在住。働く主婦。子供一人(中三の息子)、亭主一人、猫三匹の六人家族。

三日目の壁☆

とる☆ねこです。

決算と、繁忙期と、義父宅の掃除、その上色々なことが重なり、
ブログの更新や、皆さんのところに遊びに行く間がなくて、本当にすみません。


少し働きすぎて、精神的にも参っていたところに、
義妹が、義父を家に帰したいと言ってきました。

この上義父まで背負い込んだら、私は壊れてしまうでしょう。
丁重にお断りしたのですが、どうしても聞き入れてもらえません。

財産分与でごねるわよ、という、脅し付きです。
さすがは、義父のムスメ。


あまりしつこく食い下がってくる様子を見かねて、
息子までもが電話に出てくれました。

息子は冷静に、かつ、丁寧に断り続け、
「お母さんを殺す気ですか?」とまで言ってくれました。

でも、結果的に義妹の意志は変わらず、
電話は物別れのうちに終わりました。


義父がどん底で放り出して、私達だけで必死で守ってきた会社が、
一部義父名義の土地の上に建っているので、その権利を主張しているようです。

弁護士に相談に行くつもりもしていますが、
私はとことん、亭主の実家に振り回される運命にあるようです。


その電話の後、心底、結婚したことを後悔していたら…。
息子が一言言ってくれました。

「俺が、生まれたやないか。
俺、今までお母さんに甘えすぎてたわ。」

「今日が、俺の転機かもしれん。
俺、変わるから。絶対お母さんを守るからな。」


久々に、号泣しました。

息子の手を握って、息子の成長に感動して。
息子も、強く私の手を、握り返してくれました。

その手からも、男らしい、力強さを感じました。

その夜、私は心から神様に感謝しました。
「息子を与えてくれて、ありがとうございます…!」と。


その日から二日目の昨日。

家族三人で、昼食を取っているときに、
「ところで、中間考査に向けて、頑張ってる?」と、私が聞いたら…。

「うん、一応今は頑張ってるんやけどな…。」と、息子。
「え?お母さんのために、変わってくれたんじゃ無いの?」と、私。

「俺、三日坊主やろ。そろそろ三日目の壁やねん…。」と、息子。


三日目の今日、彼は壁を乗り越えられるのでしょうか。
それとも、またいつものパターンに戻るのでしょうか。


息子に半分入っている、亭主の血。
そう言えば、亭主も義父も、口先だけはいっちょまえだったっけ。


期待せずに、弁護士さんの処へ行こう。
ついでに、離婚も相談して来ようかな?







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将来の道☆

とる☆ねこです。

「5÷0.2」を、「10」と、答えてしまいました。
先日、テレビで放映していたクイズ番組の、小学生の算数の問題で。

私が、真剣に「竜馬がゆく」を読んでいる最中(言い訳です)、
息子が、「はい、お母さん、答えはいくつ?」と聞いてきたのです。

「両方を10倍して、計算してみ。」と息子。全く、人を小学生扱いしています。
でも、そうしてみると、簡単じゃん。成る程。

息子はさらに、「15000円の、30%引きはいくつ?」という問題も、聞いてきました。
適当に、「7350円」と、答えてしまいました。

「どうやって計算したん?」と、詰め寄る息子。
「え?15000円に0.7掛けたよ。」と、私。

「じゃあ、10000円に、0.7掛けたら、いくつ?」と、息子。
「7000円!」と、私。

「次に、5000円に、0.7掛けたら、いくつ?」と、息子。
「え、3500円!」と、私。

「それを、足したらいくつ?」そこまで息子は、かみ砕いて説明してくれました。
「7350円?」と私。

頭、固まってます。
「羞恥心」の上手を行ってしまいました。

息子に言われてしまいました。

「本当に僕、お母さんから生まれてきたん?」
…深い深い、ため息と共に…。


それにしても、息子の問題の導き方はいつも分かり易くて、
ふむ、ふむ、やっぱり、将来塾の講師はまず大丈夫。


それにしても、私には、数学的素養が全くありません。

中学になるまで、九九と分数が出来ませんでした。
高校受験という必要に迫られて、やっと出来るようになった次第です。
但し、国語は昔っから超得意でした。


同じ番組で、「十五少年○○記」の、○○を埋めよ、と言う問題が出されました。
こんどは亭主が頭を抱え、「え?観察記か?」と、答えました。

それから古文の、「いとをかし」の、「をかし」の意味も、
亭主はさっぱり答えられませんでした。


亭主には、文学的素養が全くありません。

今までの人生で読んだ本は、「伊豆の踊子」と、
宇能 鴻一郎が数冊だけ。
でも、数学的感覚は、人並みはずれています。


そこで一言、私は息子に言いました。
「おまえ、良かったなー、ここだけは良い所取りしたね。」

お母さんの数学的センスの無さと、
お父さんの国語的センスの無さを受け継いでいたら…。

考えただけでも、恐ろしいことになりそうです。


もう一つ息子には、初対面の人間とか、年の離れた人間とでも、
全く平気で会話が出来る、という特技があります。


先日も私の留守中、知人からの電話に息子が出て、
私の代わりに、長々世間話をしていたようです。

後日、その知人から電話をもらい、「アレは、○○君の特技よね。」
「確かに。営業に、向いているかもしれない。」と、私。

彼女の親戚に、外車販売の○ナセの偉いさんがいるのを思いだし、
思わず、頼み込んでしまいました。

「将来、ヤ○セに入れて!!金持ちのコネも有るから、きっと結構売ると思うよ!」
知人も、「そんな心配、いらないわよ〜!」と言いつつ、
「でも、トップセールスになるかもね…。」


これで、塾の講師以外にもう一つ、息子の将来の道が開けました。


さて、そろそろ決算の仕事にかからねばなりません。
こんなに数字音痴が、「経理」なんか出来るのか?そう、思われたあなた。

あなたは、「経理」の仕事を、ご存じ有りませんね。
あれは、数学的発想よりも、記憶力と、まめさがものを言います。

計算は、プログラムや電卓が勝手にしてくれます。

それよりも、これは以前どういう振り分けをしたか、とか、何費で落としたかとか。
数年前の記憶をたぐり寄せることもしばしば。


一度目を通した物は、ある程度記憶しています。
昨日も、帳面の収支が合わずに、沢山の数字を睨んでいました。

すると、4983という数字に目がとまり、
「あ、これ、4938と電卓をおいた!」と、気が付きました。

電卓の、4938と言う数字が、映像として、記憶に残っていました。
数字はぴったりと合って、一件落着。

こういう地道な作業の積み重ねと、
記憶力が物を言うのが、経理の仕事です。


うちの亭主や息子には、とうてい出来ない事だと思います。
こういうところが、もし息子に遺伝していてくれたら…。


塾の講師と、外車のセールス以外にも、
もっと広い将来が、息子の前に…。


せいぜい、税理士が加わるだけ、かもしれませんけど。



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キリギリスの功績☆

とる☆ねこです。

皆さんは、今頃とる☆ねこは、
幕末の竜馬ワールドを彷徨っているとお思いでしょうが。

実は、義父の家の中を彷徨っております。
ゴミ袋を片手に、マスクと手袋をして…。

片づけながら、しみじみ思うことが有ります。
最期の最期まで、私は義父の後始末をする運命なのだ、と。


我が家は二世帯住宅。
階下が義父の家になっています。

内階段は一応あるものの、全て別になっていて、
マンションが二部屋あるようなもの。

義父が入院したのは今年3月。
以来半年間、誰も入らず、ほったらかしになっていました。


義父が一人暮らしを始めたのは、15年以上前。

16年前、会社が社屋を新築したのに引き続き、
我が家も二世帯住宅を新築したのです。

計画段階で生きていた義母は、癌のため、
新しい家にはいることなく、他界していました。


処がその直後、80%以上を占めていた取引先に突然手を引かれ、
我が社は崖っぷちに立たされました。

新しく大きくなった会社なのに、仕事が、無い。
あるのは山のような借金だけでした。

その後、なんとか食いつなぎ、数年がたちましたが、
一向に取引先は増えず、経営は悪化の一途をたどりました。

当時義父が社長で、亭主が専務。
本来ならば、両手をがっちりと組み、一丸となって困難に立ち向かわなければならないはず。

けれど、義父は、さっさと仕事を引退して、
社長を辞め、知人の会社の顧問になりました。


なんと、無責任な人間だと、私はつくづく思いました。
船長が、嵐の海の船から、さっさと船を捨てて逃げていくようなものです。

義母が亡くなって、気力も失せていたのかもしれませんが、
義父が窮地に立たされて家や会社を捨てたことは、一度では有りませんでした。

困難にぶつかって、乗り越える気概がもともと無い。
社員や家族のことよりも、自分のことだけで精一杯な人間なのでしょう。


義父は、社長の名前で借りた、個人名義の数千万円の借金も残して行きました。
海外旅行に行ったり、絵画を買ったり、自分個人のためだけに使ってきたものです。

私たちは崖っぷちの会社と、新築の家と、社員の生活と、
おまけに義父のローンまで、何もかも背負って、働き続けました。

上下で暮らしていても、義父はそんなことは我関せず。
旅行に行ったり、女性を作ったり、勝手気ままに暮らしていきました。


負けるわけにはいかない。
私の心の中には、炎のような闘志が沸き上がりました。


亭主が社長になり、とにかくがむしゃらに働きました。
それが実って、取引先は増え続け、売り上げもなんとか持ち直しました。

会社の勢いが上がり、業界で噂になると、
義父は自分の功績だと、回りに自慢して回りました。
息子の進学すら、自慢の種にし、あちこちで吹聴して回りました。

その度に、私の闘志はメラメラと勢いを増しました。


そして、数年前のこと。
義父は、顧問先からクビを言い渡され、おめおめと亭主に泣きついてきました。

亭主も私も初めは一蹴しましたが…。
そこは親子の情というものでしょう。
亭主は、幾ばくかのお金を援助するようになりました。

暇になった義父は、作業場内を話し相手を求めてうろつき、
従業員ともめ事を起こすことも度々でした。


迷惑という迷惑を、かけまくったあげく、この春ベットから落ちて入院。
入院したとたんに、痴呆が進み、今では老人ホームに入所しています。

もちろん入所費用から何から、一切合切は私達が負担しています。
保険にも入っていなければ、葬式代も、一円たりとも残していません。

全て、遊興費に使い果たしてきたのです。
まるで、キリギリスのような人生。

それに引き替え、蟻のような私は、
ゴミ屋敷と化している義父の家を、今黙々と片づけています。

昔年の思いも一緒に、ゴミ袋の中に放り込んでいます。


私を燃え上がらせたのが、唯一義父の功績だったかもしれません。





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体育祭☆

とる☆ねこです。

昨日は息子の学校の体育祭。
今年は曇り空、暑すぎもせず、最高の体育祭日和でした。


息子の学校では、中学一年生から高校三年生まで4クラスずつあり、
1組から4組のクラス対抗形式になっています。

鉢巻きの色で、クラスが解る様になっていて、
他の学年の競技でも、思わず応援に身が入ります。


この体育祭、実は息子が小学校の時も、
二度ばかり来たことがあるのです。

先輩ママが招いてくれたのですが、
息子にとって、憧れの学校の体育祭。

もっと色白で繊細な生徒達の集団だと思っていたら、とんでもない!
真っ黒に日焼けした猛者達が、砂にまみれて死闘を繰り広げていました。

種目にも、中学生は棒倒し、高校生は騎馬戦があり、
毎年怪我人が出るほど、過激な戦いを見せてくれます。

でも、みんな精悍で、知性溢れる面構えをしていました。
知性は本当に顔に表れる…。そう思ったことを記憶しています。


さて、そんな感傷に浸りながら、我が息子はどうなんだろう?
なるべく客観的に息子を見てみました。

とにかくひょろ長くて色白で…。
まるで冷蔵庫に入れ忘れていたエノキダケのよう。

こんなことなら、体育系のクラブに入れておくんだった。
ちょっと後悔が、胸を過ぎりました。

実は入学間もない頃、息子はあこがれの文化部の他に、
卓球部に掛け持ち入部したいと言っていたのです。

でも、不器用な息子。
二つも出来るわけがないじゃない、そう言って息子に意見しました。

普段親の言うことなど聞かない息子ですが、
その時は彼も自信がなかったのでしょう、おとなしく引き下がりました。

今になってみて、ここまで深海魚なら、いっそのこと、
クラブの2つや3つ、掛け持ちさせても良かったかも…と。

クラブ対抗リレーで、逞しく走っている卓球部の生徒を見ながら、
少しだけ後悔の念に駆られていました。


さて、肝心の「知性」ですが…。
友達と終始ふざけ合っているその姿からは、とてもとても…。

まあ、昔から落ち着きが無く、立ち歩きはもちろん、すぐに教室を飛び出し…
幼稚園の先生に検査を勧められたことも有った息子です。

年長さんの時の、担任の先生からは、
「○○君の場合、人と同じ事が出来るようになるのが、まず目標です。」
そう厳しく言われてしまいました。


だからそれ以来、ずっと人と比べることをなるべくしないで、
「この子は、この子」そう思って育ててきました。

小学校高学年になって、受験を向かえて、
他の子が夜中まで勉強していると聞いて、焦ったこともありましたが…。

「よそはよそ、うちはうち」そう諦めて、
塾での受講を減らしてでも、息子のペースを貫きました。

そこへ持ってきて、この自由な校風の学校に入学したので、
今、彼は、超個性的な人間になっています。

勉強の仕方も、友達とのつきあいも、
すべて、「俺流」。

帰りの車中で、しみじみ…、
「あいつは、この先どうなるんやろうな…。」と、亭主。

でも、やけに落ち着いて、私は答えました。

あれは、近眼で、いごっそう(頑固者)で、ばぶれもん(人の意見を聞かない馬鹿者)…。
蘭学(英語)を聞いていても、ノートも取らぬ不精もん。
おお、そう言えば、背中いちめんに、渦のように、旋毛も生えちょうが。

あれ?これって…。

ほんじゃけー、そいが、駿馬なんか、はたまた猫なんか。
どちらになるかは、全く解らんぜよ。

あれれ、どうしよう?

けんど、いつかは天下を動かす、
ごっつい漢(おとこ)になると、母は思うちょります!!


やっぱり、私、竜馬に、かぶれてる〜〜〜!!








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読書の秋☆

とる☆ねこです。

お久しぶりです。
ずっと、幕末辺りを彷徨いておりました。

読みかけで終わっていた篤姫を再び初めから読み直し、
まずは読み終わると…。

井伊直弼、勝海舟、皇女和宮…。
等々、それら登場人物の色々なことを知りたくなり…。
手当たり次第に、本や資料を読んでいます。


実は、毎年私はこうなんです。


昨年は、井上靖の「風林火山」に端を発して、
私の興味は、武田信玄、上杉謙信、真田幸隆等に及びました。

挙げ句の果てに、「孫子」をかじり、
「論語」にまで発展しました。

その前の年は、山内一豊関連の書物を読みあさり、
そのまた前年は、義経…。


そう、大河ドラマの思うつぼです。
しかしながら今年は人物大杉。

私も薩摩の諺、「一方聴いて沙汰すんな」の通り、
色々な角度から篤姫や和宮を知りたくなってしまうのです。


時は読書の秋。


仕事や家事の隙間を縫って、
心は幕末を駆けめぐっております。
果てさて、このマイブーム、今年はどこまで行くのやら。


皆さんのブログも拝見したいし…。
時間がいくらあっても足りません。

また、ボチボチ現世に帰ってお伺い致します。


今日は最後に、去年、はまっていた風林火山。

其疾如風、其徐如林、
侵掠如火、難知如陰、
不動如山、動如雷霆。

其の疾きこと風の如く、其の徐(しず)かなること林の如く、
侵掠すること火の如く、知りがたきこと陰の如く、
動かざること山の如し、動くこと雷霆(らいてい)の如し

それを引用して、私も作ってみました。
題して、「亭主火山」


其のつきまとうこと千の風の如く、其の口煩きこと姑の如く、
嫁の人権侵略すること火の如く、髪少なきことハゲの如く、
体太りたること山の如し、動くこと地震の如し。


さて今夜はこの辺で。
お休みなさい!



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